<車戸和次郎様思い出>

前にトランベンの村の様子をお伝えしましたが、この度トパティクラブメンバーの中で岐阜県の高山ゲートボールクラブ会長の車戸和次郎様から本年初めにお便りがあり、村の人々の為にアグン山のすそ野に井戸を掘りに行くとの事でした。私どもも大変感激すると共に今か今かと待っておりましたが、1996年6月25日にバリにお越しになりました。車戸様は大正6年生まれです。

過去には井戸を約50ケ所以上掘り、また温泉も3ケ所掘られた事のあるベテランです。老人クラブ等の会長他公職をもっておられましたが、この際に全て辞退され、単身来られました。自分は孫も22人居るし、何もしないでいるよりは、何か世の中の為にやり残しておきたいとの事でした。

早速25日到着された日にトランベンに向かわれ、翌日は弊社エメラルドトランベンビーチの社員の前で、ご挨拶をいただきました。1つは井戸を掘ること、2つ目は現地の子供達に遊びを教える事。

3つめは村人と一緒になって仕事をし、お互いに教え学び合うこと。とのお話がありました。その後現場調査と掘るための道具の調達点検、翌26日には現場で日本で言う地鎮祭をやり、スタートしました。

案外最初は掘りやすく2mくらいまでは簡単に掘れましたがその後やはり大きな石に当たりました、そこで少し場所をずらして更に掘り進んで行きます。やがて4mくらいから100kgくらいの石が沢山でて、一つ一つ滑車で吊り上げます。

弊社の社員も交代交代で現場行きです、また村の人々もゴトンロヨンと言って共同作業に交代交代できていただけます。毎日現場には約15人から20人の人が居ます。土を運び出す人、土地を平らにする人、ゴミを掃除する人等々です。子供も危険の無い仕事には手伝ってもらっています。昼食はラーメンとごはんだけをホテルで用意して村人と共に食べます。屋外で食べるラーメンとごはんがこんなにおいしいことはありませんでした。 毎日毎日堀り続けました、以前にも書きましたとおり、この時期は雨一滴も降りません、土地は乾いてからからです。風が吹くと土ほこりが舞い上がります。やはり問題は大きな石にぶつかるとどうにもなりません。そこで大きな石にぶちあたると、少しずらして更に掘っていきます。従ってだんだんと掘る穴はおおきくなっていき、最後には約8m角の大きさになりました。

それを約5m程掘ったところで、その中心部を約1m20cm直径で掘り進めましたが、約10m位い掘り進むと、地底は暗く村の人々は側壁がくずれてきはしないかと心配でそれ以上先に進めません。

 そこで情報を集め何とかこの井戸を更に掘り進める事ができる職人を探し当て、その3人組みに掘る方はお願いしました。

彼ら曰く35mまでは掘る事を約束してくれました。掘り進むにつれて、地層が変わってきます。15mから下は殆ど黒い土と火山岩のようなものが出てきました。8月の20日頃車戸さんはビザの期限が切れるため一旦帰国されました。

ところが帰られてすぐ、約25m付近で約2m以上もあると思われる大きな石がふさいでいます。 村人も我々もがっくりしましたが、これを割らなければ先に掘り進めません。いろんな人づてに、地下25mの暗闇にある石を割ってくれる人がないか探しもとめたところ、なんとそれが出来る人が居るとの事、早速お願いして割進んでもらいました。石を粉砕するのに約1週間かかりました。

そうしていよいよ水が出るぞと、さらに掘り進みました。地底からでてくる石には湯気がたっていますし、たった今噴火したばかりの石のように臭いもしました。

掘り士の3人は交代でつるべで降りたり上がったりしますが、地底では約15分が限度です。15分経過して彼が上がってくると、顔から全身墨をぬったように真っ黒です。シャツも半ズボンも絞ればジャーと水がでるくらい、汗で濡れています。

私も地底までつるべだけを頼りに降りて見ました。懐中電灯を頼りに当たりを見ましたが、何かこの世ではないような異様な何とも恐ろしい感じがしました。また何度あるか分かりませんが、熱気ですぐ汗びっしょりになります。

9月5日に再度車戸さんが来訪、毎日ほり進んでいきましたが、9月末で約30mまで行きました。そしてついに35mまで掘りました。、、、、が残念ながら水は一滴も出てきません。万事窮すです。これ以上は掘り進む事もできません。地下水の水脈にあたっていなかったとしか言いようがありません。車戸さんの崇高なお気持ちも実現せずに終わりましたが、何とか私どもがそのお気持ちを無駄にする事無く、1997年の5月から場所を変えて再度挑戦をしようと思っています。