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| 赤道にまたがる1万3,466もの大小の島により構成される。国の公用語はインドネシア語である。 人口は2億6,400万人を超える世界第4位の規模であり、 また世界最大のイスラム人口を有する国家としても知られている。 |
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| スラウェシ島 インドネシア中部にある島。植民地時代はセレベス島(蘭: Celebes)と呼ばれたが、 インドネシア独立後は一般的にはスラウェシ島と呼ばれる。 面積は17万4600平方キロメートルで、世界第11位、インドネシアでは第4位の大きさを誇る。 |
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| バリ島 2014年時点の人口は約422万人。大多数がイスラム教徒のインドネシアの中で 唯一バリ・ヒンドゥーが根ざした地域。 |
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| 飲み水の無い地域 | ||
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| 『赤道を越えた、水の使者』 ―もう一つのバリで里親を募集― ●もう一つのバリで、親子2代の恩返し 赤道直下のインドネシア・バリ島は、年間150万人の観光客を迎える世界のリゾート地。 日本からの渡航者も今年は30万人を越えそうな勢いだ。 「神々の棲む島」と呼ばれるバリ島は、バリ・ヒンズー独特の文化、あふれる南国の花や果物、くったくのない 島民の笑顔…と、海陸のレジャー以外にもファン層を広げ、年々リピーターを増加させている。 そんなバリ島にも、観光開発から取り残された貧しい村、「もう一つのバリ」がある。 その村の一つに住みつき、豊かなバリと貧しいバリの二つを結び、日本人にも援助を請いながら、 村人に多様な援助を続けている日本人がいる。井上隆雄さん、京都府福知山市の出身だ。 「父が第二次大戦で陸軍の飛行部隊将校として従軍しまして、だんだんと負け戦になり、 スラウェシ島(セレベス島)の北の果てマナドから南のマカッサルまで(地図A)、部隊は車もなく歩行で退却しました。 父は少尉で斥候の任につきました。部隊より早く歩き、部隊の食糧と夜寝るところを確保しなければなりません。 しかしどの村の村長も快く歓迎してくださり。食料も、睡眠もとることができ、部隊全員落伍者もなく、無事、 幸い生きて帰国することができたのですが、戦死した仲間、またこの退却のときお世話になった現地の人々のこと が忘れられないんですね。’1970年の大阪万博のときは、大変でしたよ。毎日インドネシア館に通いつめ、 次々に皆さんを家にご招待していました」と語る。 その後も父親の喜好さん、隆雄さんと、親子二代にわたるインドネシアへの恩返しは引き継がれていく。 続く、、、、、、、 |
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| 父の戦時中 | 父と母 生前 | |
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| 父と私 | 父と私 | |
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| 2000年頃 私 | 2018年頃 私 | |
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