ホーム ディスカバーバリ ロケーション 村の様子 里親制度仕組 よくあるご質問 お問い合わせ
里子笑顔 里子訪問 里子のお手伝い 2008年からお世話に
なりました里子
学校訪問記
ボランティア/ご寄付 お申し込みは
こちらから

★トランベンーTulamben★

日本から約6000−7000KM、バリ島は赤道のほぼ真下、南緯5度にあり、
日本の夏は、バリでは冬にあたり、涼しい気候です。時差は1時間遅れています。
トランベンの村はカランガサム県のクブ地方に位置しています。
デンパサールから約108km離れています。
海抜は約500mです。人口は約6、153人、面積は約2、915、127 トランベンを背景にバリ島最高峰の聖山、海抜3142mのアグン山がそびえ立っています。
西から東にかけて連なるこの山はバリ人にとって最も神聖とされています。 またトランベンは第2次世界大戦時に沈められたアメリカの軍艦リバティー がすぐ岸に横たわっているダイビングポイントとして有名です。空を飛んでいるような、宇宙を泳いでいるような、 不思議な時空感覚が味わえます。 浅瀬の珊瑚の美しい表情。いくらのぞきこんでも、トランベンの海は見飽きる事がありません。 またこの地域は年間を通じて降雨量が最も少なく、アグン山からの水が南北と西に流れても東には 流れないため水がありません。水貯めを作り雨期に降る雨を貯めておいて使います。
けっしてきれいな水とは言えませんが生活していくには欠かせません。
乾期には当然水がないため両側にバケツを吊り下げた天秤棒をかついで毎日、 湧き水が出ている場所まで約3kmから6km程の道のりを黙々と歩いていきます。この村はバリの中でも最も貧しい村なのです。
★名前の由来と歴史
昔から受け継がれている物語によるとトランベンという言葉はいくつかの単語の組みわせわせによって 作られています。
@Pa-Tuu-Le-Embau:パートゥーリーエンバウ Pa-Tuuは白い鷲、Leは良いEmbauは守りの意味です。この単語を縮小して Tulambenになりました。
この物語はMpu Kuturan(ムプ クトゥラン)という有名なお坊さんが旅に出たときの 事です。3個の卵を持って旅に出ている途中そのうちの1個が孵化してしまい白い鷲が生ま れました。この鷲は、村に悪いことをする村人がいると、懲らしめ、貧しい清い村人には食料 を運んできてくれたことから、村人は白い鷲が守ってくれる良い場所として今、鷲の記念碑が 置かれています。
A3つの単語から出来ています。 Tuu-Ula-Umawan(トゥーウラーウマワン)は一匹の蛇という意味です。 これらの単語を少しずつ変えたものがTulambenになりました。
B今から約100年前、カランガサムの王様が旅に出る途中に枯れ木を見つけた事から名付けられました。枯れ木はバリ語で Taru Layu/Taru Umawan (タル ラル/タル ウマワン)といいます。
Pasek Subrata(パスッ スブラタ)さんというこの村の先導者によると
アグン山が噴火する前、トランベンには約10,000組以上の家族と8つの自治会に分かれていたそうです。
1622年9月12日(金)にアグン山が噴火したためにトランベンの村は一瞬につぶれてしまいました。
家々はほとんど溶岩の下敷きになり、かなり多数の被害者も出たそうです。それから長い年月が過ぎ、人々もようやく自分の村に戻ることができました。
7m程の溶岩を掘り起こす作業をしていると昔使っていた日用品等が見つかることはしばしばあったようです。
政府が発展してからこの村は群となり5つの村Mutig(ムンティグ)、Batu Dawe Kaje(バトゥ ダワ カジェ)、Batu Kelod(バトゥ クロッド)、Rubaya(ルバヤ),Tegal Panti(トゥガール パンティッ)にも分かれました。この村村の内、水の無いのはMutig,Batu Dawe Kaje,Batu Keldです。 11月から3月まではアグン山の麓は見渡す限り緑一面の緑野です。
10月から4月(雨期)までのこの期間食料を蓄えるためにあらゆる場所で作物を栽培しています。
主食代わりのタピオカ(さつまいも)、とうもろこし、豆等。見事に農園風景が遥か向こうまで続いています。
急斜面の段々畑が目に飛び込んできます。都会の喧騒とはかけ離れた自然の中で生活する人々の姿。そんな光景が心に和みを与えてくれます。  以前、お客様からいただいた古着を持って村へ行き1軒1軒配った時のことです。まだ舗装されていない道なき山道をジープで走るとそこには緑一面の素晴らしいパノラマが広がっていました。
つい最近まで砂ぼこりだったのに一瞬にして緑野になっているのには驚きました。
車窓から見えるのは村の人々の暮らしと流れる景色。降り注ぐ太陽の下で天秤棒をかつぎ水を酌みにいく男性。水牛を引く少年・・・・。 村の様子はこちらを見てください。
遠くに見えていたアグン山がぐんと近づいてきます。車が通り過ぎるときだけ、しばし仕事の手を休め、こちらを振り返る。そんな自然と共に暮らしている村人に古着を1人1人手渡しました。飾り気なく魅力的な瞳を持つ少女。向こうから笑顔で走ってくる子供達。こんなにもお役にたてれるなんて!!
そんな感情がこみ上げてきます。帰路には、見え隠れする美しい海。
風に流れる緑の木々。今なお秘密に包まれたこの風景は心に純粋さの感動を与えてくれます。 そこにエメラルドトランベンビーチホテル はあります。
カランガッサム デンパサールより北東約キロに位置するアムラプラはかつてカラガッサム王朝の都として栄えた歴史ある町です。 今ではカラガッサム県の県庁所在地となっている。 王国は17世紀にゲルゲル王国から分かれ独立し、 一時はバリ最強の勢力を誇った。 その後おダンダの侵攻が始まるとその支配下にはいり、王国は形式化され、 王族たちはヨーロッパ留学などして西欧文化の導入が始まった。
当時の建築様式を取り入れた宮殿は見所の一つになっている。
1963年にアグン山が大噴火した際、大きな被害を受け、災いの厄払いと町の再建を願いアムラプラと改名した。